行く前に知りたかった青のモスクとイスラム教

2015/08/11

アジア クアラルンプール マレーシア

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クアラルンプール市街周辺の観光場所その2



郊外

  • Melawati Hill(猿とか砲台とかある丘)
  • Firefly Park Resort(ホタル観賞)
  • Fraser's Hill(高原の避暑地)

市街

  • Batu Cave(272段の階段を登る洞窟)
  • Petronas Twin Towers(大きなツインタワー)
  • Blue Mosque(青いモスク)


Blue Mosque(正式名称:Masjid Sultan Salahuddin Abdul Aziz Shah)

正式名称はスルタン・サラディン・アブドゥル・アジズ・モスク。
一般的な日本語表記ではブルーモスクだったり青のモスク。

調べると「世界で四番目の規模を誇る。」という一文が目立つが詳細は不明。
規模だって敷地なのか建物そのものなのか、あるいは収納人数なのか建設費用的なものなのか全くわからない。
そして「世界で一番目の規模」すら調べたものによって異なるモスクが選ばれているので、意味のない順位づけだ。

だがこのブルーモスクが何かの基準で、世界で何番目であろうとなかろうと、とても綺麗だった事実には変わりない。
私にとっては人生初めてのモスク。


私は知らなかったが、モスクとはイスラム教の礼拝堂の事である。
よってその教義の中の一つ「偶像崇拝の禁止」に基づき、神や予言者など崇拝の対象となりうる像は置かれることも、描かれることすらもない。

その代わり、といっていいのかわからないが、そういった装飾が出来ない以上違った形で彼らはモスクを装飾した。
幾何学文様と文字での装飾だ。

ここブルーモスクも幾何学文様と文字が散りばめられている。


幾何学文様が反復している。
アラベスクというこういった文様は、教徒にとって可視的物質世界を超えて広がる無限のパターンを構成している。
可視的物質世界を超えるということは、可視的ではなく物質世界以外の世界も含まれる。(今回の場合の対義語として不可視や精神世界は相応しくないよう感じたので、こういった表現にした。)
つまり遍在。遍在するは唯一神。

補足を入れると、イスラム教における唯一神は意志のみの存在。どこにでもいて、どこにもいない。偶像崇拝を禁止する理由はここにある。


写真上部の黄色い模様。これはアラビア文字。
それをカリグラフィーという、文字を詰め込みながらも美しい表現を試みた結果、生まれた手法で書かれた文字だ。

教徒にとってあらゆる芸術の中でもっとも優れたものとされる「言葉」を可視化した表現である。
「言葉」とは「思考と歴史の伝達」つまり不可視な精神世界を、現実世界に表現するための芸術。

そして彼らにとって「言葉」で伝えられるべき至上の歴史は「コーラン」
もしかしたらこの黄色い文字も、コーランの一節だったりするのかもしれない。


 先ほどのカリグラフィーの下で教徒はひざまずく。
(モスクをアラビア語に訳すとマスジドとなり、ひざまずく場所、という意味を持つ。)
祈るという事が心の拠り所なのだろう。

祈ったり信じたりする何かを持つということは、例え挫けたとしても折れることのない芯を持つ事になる。
多くの日本人は彼らのような大きな信仰心を持たない。だから挫けたときに頼れるのは自分だけ。自分の芯がしっかりしていないと、すぐに折れてしまう。

折れてしまうと、たぶん、自殺、という選択をしてしまうのだろう。
日本は経済的に豊かで気候にも恵まれ、非常に住みやすい場所だと感じる。
だけど自殺してしまう人が絶えないのは、自分以外に信じる事のできる何かを持たないから。そんな風に思う。


 礼拝時は、外まで教徒があふれることも少なくないと言っていた。

このモスク内はどこを切り取っても絵になる。
そのくらい装飾が美しかった。
それは教義で偶像崇拝が禁止されているからこそのものだろう。


男性はこんな衣装を渡され、女性はこれプラス頭部を覆う布が渡される。
もちろん無料。


後回しになってしまったが、入口にあるこの場所は、教徒が礼拝の前に手足などを清める為に設けられている。

そして最後。
ブルーモスクは最寄り駅Shah Alam St.からやや離れているのでタクシーが便利。
ここで降りる観光客はだいたいブルーモスクが目当てなので、たとえ一人で行動していたとしても適当な人を捕まえて一緒に行くことが可能だろう。


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